「ふつうの人」蒐集家

 ちかごろ世間には美男美女があふれている。長身のスリムな身体、すばらしいプロポーション、美しくはあるがどことなく似通った顔。街を歩いているのはそういう人間ばかりだ。
 三十年ばかり前、画期的な薬が発明された。望みどおりに身長を伸ばし、プロポーションを調節する薬だ。それに伴うように美容整形も急速に進歩をかさねた。そのため、スーパーモデルに負けない美しさが、すべての人のものになったのだ。もっともこの薬は高価だったので、自分と生まれてくる子供たちのために、誰もが必死に働いた。いつのまにか人生の目的の第一歩が、この薬を手に入れることになってしまっていた。
 この薬と美容整形のおかげで、人々の年齢さえ不明だった。これらの恩恵を受ける前に、薬にも整形にも適応しない年齢だった人たちだけが、わずかに人間らしく年老いていた。
 街の中心からはなれた裏通りに、こじんまりとした建物がある。そこには風変わりな看板がかかっていた。
『ふつうの人雇います』
 通りをぶらついていたカイは、いまどき珍しいものを見た気がして、しげしげと看板をながめた。どうせ失業中なのだし時間はたくさんある。ひやかされたと思って事情をきいてみるのも悪くない。カイは入口の扉をたたいた。
「やあ、いらっしゃい」
 扉が開いて出てきた男を見ると、カイは嬉しくなった。むかし見たことのある、ふつうの人だったのだ。小柄で短い脚。ずんぐり太った身体に、あいきょうのある顔。とてもチャーミングだ。
「おもての看板見たんですけど、雇っていただけますか?」
 カイはおずおずとたずねた。
「君、だめだよ。看板をよく読まなかったんじゃないの。ふつうの人じゃないと雇わない方針なんだよ」
 男は扉を閉めようとしたので、カイはあわてて言った。
「あの、よく見てください。これ自前なんですよ。ほら、調べてください」
 カイは両方の耳のうしろを見せた。薬や整形を利用した人には、右耳に薬、左耳に整形のカルテ番号が、虫メガネで見えるほどのサイズで記してあるはずだ。
 男は虫メガネを取り出して詳細に調べると、おどろいて言った。
「すまなかったね。君があまりに美形なので、疑ってしまったよ。ところで、どうしてこんなところで働きたいんだね」
「世の中ぜんたいが、どこかおかしく思えてきたんです。どこに行っても同じような人ばかり。僕自身はオリジナルですから、自分に似た人っていうのはいないと思っていたけど、なんてことはない。僕の顔だってコビーされているんですよ。そっくりじゃないけど似ているんです。あちこちで出会いましたよ。けっこう気持ち悪いものです。僕が幼いころは、こんなふうじゃなかった。まだ薬や整形に反発している人たちが多かった。いろんなタイプの人がいて面白かったように思うんです。僕の両親もそういう人だったけど、今では時代に取り残されて、いなかでひっそり暮らしています。僕は街で就職したんですけどね、薬や整形の必要がないってことで疎まれました。なにしろ必死でお金を貯めなくてもいいんですから。居づらくなって辞めたんです。細々と自分らしく生きようかなって考えていたところです」
 カイは採用になった。建物は一階が事務所、二階と三階が工場になっている。ここはマネキン人形を製作する会社だった。カイを雇った男はテオという名で、二代目の社長だ。子供の時から、とりすました美しいマネキンを見て育った。こういう作り物はつくづくイヤだと思ったのだ。だから薬や整形に適応する年齢になっても関心はなかったし、自分らしさにこだわる人たちと仕事をしたかった。それで、ふつうの人ばかりを雇った。その方針は今も続いている。
 テオの考える『ふつうの人』っていうのは、自然のままの自分をたいせつにして生きている人のことだ。だから、テオの会社にはいろんな人がいた。背の高い人や低い人、痩せている人、太っている人。身体の不自由な人や老人もいる。みんな自分にできる仕事を受け持ち、一生けんめい働いている。なごやかで楽しい職場だった。
 工場では秘密の製作が進んでいる。一年後のファッションショーに向けて、特別のマネキンが作られているのだ。衣裳デザインはまだ才能を発揮できないでいる『ふつうの人』のデザイナーが手がけていた。むかしはどこにでもいた、ふつうの人たちとふつうの生活、失われた自然をメインテーマにして、いっぷう変わったショーになるはずだった。
 テオは言っている。
「僕の夢だったんだ。僕にできる方法で伝えたいことがあった。地道に働いて会社にちからをつけて来た。やっと資金も出来たし、同じ心の仲間も増えた。成功するかどうかは問題じゃない。みんなのしていることは変じゃないかって、世の中の人たちに言ってやりたいんだ」

 一年はまたたくまに過ぎ、ショーの初日がやってきた。
 ショーは展示という形で、街の中心にある大きなホールでおこなわれる。入場は無料だ。一階ホールは『生活』、二階ホールは『自然』と、ふたつのテーマに分けられていた。
 一階には家族そろっての食事のようす、働いている人たち、遊んでいる子供たち、街の風景が表現されていた。さまざまな顔と姿をした人たちが、ありのままに、ふつうに暮らしている。むかしだったら、誰も興味をもたないありふれた光景だ。それなのに、ホールに来た人たちはショックを受けているようすだった。忘れていたことが目の前に表現されている。わけのわからない混乱が、人々の心に伝わっていった。むかしを知るはずのない子供たちにも、ふしぎな気持ちを起こさせた。
 二階には、野、山、海が簡潔に表現されている。いまでは、うんと遠くの奥地まで行かないと見られない景観だ。すべてがシステム化されていく生活のなかで失われ、必要と思われていないものだった。山道を歩く人たち、野原で花を摘む母と子、海辺で遊ぶ若者、ここでもいろいろな顔と姿をした人たちの、自然な喜びが見られた。
 マネキン製作のモデルは、すべて従業員や、その家族だった。テオもいる。カイもいる。車椅子の人や白い杖の人。老人も子供も赤ん坊も、あたたかい視点でとらえられ、ほのぼのとした出来ばえだ。
『メッセージ』と題されたショーは、日がたつにつれ、来場者が多くなった。静かなうわさが、人から人に伝わり、じわじわと増えていったのだ。来場した人たちのほとんどが、無言のまま、呆然とした表情で帰っていく。男も女も同じだった。

 一ヶ月間のシヨーは、成功のうちにおわったと言えるだろう。テオの事務所は、プロポーションを調節する薬の会社や美容整形協会から、いやがらせや脅迫をされているらしい。しかし、あの看板ははずされていない。看板は古ぼけているが、ひとつの夢が実現された誇りにかがやいている。

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